アストリッド・イ・ガストン体験記~ペルーの食文化探訪~

2014年11月にペルーを訪れ、その食文化にすっかり魅了された私たち。そのときはラテンアメリカ・ガストロノミーを体験するためにレストラン「セントラル」を訪れたが、もう一軒外してはならないお店があった。「アストリッド・イ・ガストン( Astrid y Gastón 英文表記:Astrid & Gaston)」である。ぱしふぃっくびいなすの世界一周クルーズ2015でリマ(カヤオ)に寄港したとき、迷わずこのレストランへ向かった。

「アストリッド・イ・ガストン」はペルーの食文化に革命を起こしたと評されるガストン・アクリオが1994年に妻のアストリッドとともに開いたレストラン。彼はフランスで学んだガストロミーを出発点としながら、ペルーの伝統的な料理や地元の食材をベースにし、さらにペルーの特色であるスペイン、中華、日本、アフリカの影響を融合させて独自の世界をつくり上げた。それは長きにわたる政情不安や経済の低迷に苦しんでいたペルーの人々に自国の食文化の魅力を再認識させ、アイデンティティと誇りを与えることにつながった。その貢献によって国民的英雄となった彼は現在、南北アメリカやヨーロッパで50軒以上のレストランを手掛ける他、ペルー料理(ペルービアン)の世界への発信をはじめ、ペルーの若手料理人の育成(特に貧しい家庭出身の若者に機会を与える)や子どもたちへの教育プログラム、さらには生産者と料理人をつなぐネットワークづくりなどで活躍している。

「アストリッド・イ・ガストン」は開店20周年の2014年に創業の地ミラフローレスから同じ新市街のサン・イシドロへ移転し、植民地時代の18世紀に建てられた建物Casa Moreyraを舞台に新たなチャレンジを展開している。現在、料理はペルー出身のディエゴ・ムニョス(Diego Muñoz)が率いる。サンペレグリノ&アクアパンナがメインスポンサーを務め、900人以上のレストラン業界関係者の投票で選ばれる「世界のベストレストラン50」のランキングでは14位(2015)、18位(2014)、14位(2013)、同ラテンアメリカ部門では3位(2015)、2位(2014)、1位(2013)となっている。

真っ白なCasa Moreyra。テイスティング・メニュー(そのレストランがどういうものかを理解できるような構成になっているメニューのこと。通常少量ずついろんな料理が出てくる)を出すレストランの他に、よりカジュアルなレストラン、食のリサーチを行うシンクタンクのような部門も備える。一棟貸切りで空間全部を使ったプレゼンテーションを行うことも可能。
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テイスティング・メニューを試した。最初にオープン・ラウンジで食前酒が供される。
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次いで厨房を案内されてから食事の部屋へ通される。厨房の入口にはペルー国歌のはじめの一節「我々は自由だ。常にそうあらん」と掲げられている。
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厨房のメンバーは若く、皆元気に挨拶してくれた。
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食事をする空間。ここの最大の特徴は棚があるだけのシンプルな空間からスタートしていること。私たちが行ったときは年2回テイスティング・メニューが替わり、そのテーマに合わせて絵や置物などのインテリアも設えられていた。つまりメニューに合わせてガラッと空間を変えられるのだ。このときのテーマは「Memories of My Land」。子どもの頃の暮らしや家族の思い出をストーリーにしたプレゼンテーションだった(テイスティング・メニューのプレゼンテーションはいろんなやり方を試しているもようで変更がある)。
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テイスティング・メニューは全28品もあり、いろんなものが少しずつ出てくる。前菜はレトロな缶カンに入っていた。中をあけるとお菓子に見える。子ども時代の放課後のおやつの思い出という設定なのだが、食べるとなんと全部料理で甘くないのだ。
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氷の中はセイヨウカリンのジュース。りんごとローズヒップをかけ合わせたような甘酸っぱい味。
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ペルーではとうもろこしを使った料理は欠かせない。
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野菜のアイスクリーム。ハーブがのっている。
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アボカドも欠かせない食材。下から順番に食べるようにと指示される。上に向かって異なる味付けをなされたアボカドが配置されており、食べて行くうちに味が変わる。すごく面白いと思った。前菜は実験的な要素が強かったが、メイン・パートに入るとはペルーの食材、料理のベースを感じられる品が多くなった。
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ウニのセビーチェ。ウニもセビーチェになるとは!
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飲み物(アルコール)のペアリングもオーダーした。地元のビールから始まり、ワインもチリなどの南米だけではなく、ドイツ、フランス、スペインなど多種類が組み合わされていた。とにかく年に2回のテイスティング・メニューなので徹底的に練られており、料理と飲み物の組み合わせもばっちりだった。
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印象に残った3品。半生のイボダイにらっきょうみたいな玉ねぎが組み合わされている。やさしい味はトマトと黄色い唐辛子のアヒ・アマリージョから生み出されたもの。
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単純な組み合わせなのに濃厚で思わず顔がにやけるおいしさ、マッシュポテトの上に揚げ卵がのっている。
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栗だと思っていたらポテトだった。牛タンと組み合わされている。じゃがいもの奥が深いのがペルーの特色だ。
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食後酒まで一貫して楽しめた。
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デザートの一品。口に入れると炭酸のようにプチプチと飛んではじける。後から知ったのだが、このプチプチは流行りのよう。
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グレーのフレークがちょっと灰みたいな味で不思議なお皿だった。
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最後に出て来た缶カンの中身はホンモノのお菓子だった。
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目の前で2種類の濃度と温度が違う液体を同時に注いでつくったエモリエンテ(emoliente)を飲んでコースはおしまい。エモリエンテは大麦やスギナ、亜麻仁をベースにアンデスやアマゾン由来のさまざまな生薬を加えたペルーの健康飲み物。薬膳のような味で、どろっとしていた(屋台などではとろみのないお茶として売られている)。
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メニューのテーマであった「Memories of My Land」のストーリーは本になっていて最後にお客に渡される。すごい凝りよう。本、インテリア、テーブルセッティングなどのアート面の担当と料理、飲み物、サービスの担当がチームを組んでプロジェクトのように運営されている。
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敷地内には畑がある。ハーブや野菜をレストランで使っている他、子どもたちの教育プログラムにも利用されている。
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テーマを設定し、料理だけでなく空間含めた全体でプレゼンテーションする「アストリッド・イ・ガストン」はとても楽しめた。そこまでトータルに演出しているレストランは世界屈指なのではないか。サービス含めて彼らの矜持が感じられた。

帰国後、2本のドキュメンタリー映画を観た。一つは『料理人ガストン・アクリオ 美食を超えたおいしい革命(原題:Buscando a Gastón / 英題:Finding Gaston)』(2014)、もう一本はリマで毎年開催される食の祭典「Mistura」に「エル・ブリ」を率いていたフェラン・アドリアが参加し、ガストンとともにペルーの食文化やガストンの活動場所を訪ねる『Peru Sabe(ペルーは知っている)』(2012)だ。

これらの映画からは、社会変革と結びついた料理の力が伝わってきたが、印象としてはベネズエラの「エル・システマ」(オーケストラを通じた社会変革活動)のドキュメンタリーを観て感じるものに近い。ガストンは今やサッカー選手よりも憧れられる存在で、多くの若者が目を輝かせて明日のガストン目指しがんばっている。人間は毎日必ず食事をするから、人々とより身近に深く関わることができる料理は活動としてすごく広がりがあると思う。

映画でも強調されていたけれども、とにかくペルーは食材が素晴らしい。太平洋に近い砂漠地帯、アンデス山岳地帯、アマゾンの熱帯雨林とバリエーションに富んだ気候と環境のおかげである。さらに、ペルーの食文化が発達している裏には、古くからインカ帝国をはじめとする高度な文明が栄えていたことが大きく影響していると、ぱしふぃっくびいなすで講演されたリマの天野博物館の阪根博館長に教えていただいた。

ガストンが成功した要因には、グローバル化や新興国の発展などによってガストロノミーの世界にも地殻変動が起きていたことや、彼の親が政治家で、社会に訴えるという行動が身近な家庭環境であったことなどが複合的に影響していると思うが、そうした要因を差し引いても、ペルーが元々持っていた食文化という宝に猛烈な磨きをかけるきっかけになったという点で彼の功績は大きい。

ペルーでまだまだ試していない料理も多いので、ぜひ再訪してさらに奥深い食文化の世界を体験したい。

(訪問日 2015.3.12)

2014年11月にリマを訪れ、レストラン「セントラル」他の食文化を体験したときの記録は、
ラテンアメリカ・ガストロノミー体験~ペルー:リマ編~