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MTTの活動紹介:入門編
日本では“知られざる”現在のティルソン・トーマスの驚きの活動を大公開。
このページは元々、2009年のPMF(パシフィック・ミュージック・フェスティバル)にティルソン・トーマスが参加した際に、PMFに参加・お出かけになる方たちに向けて作成したものですが、マーラーを聴いて彼に興味を持った方も、マーラーだけではわからないMTTの“今”をぜひご覧ください。
ティルソン・トーマスはアメリカ社会のベスト・リーダー
ティルソン・トーマスの活動のポイントは3つ
- クラシック音楽に多くの新しい聴衆を惹きつけること
- オーケストラが社会に新たな価値を生み出すこと
- オーケストラの次世代を担う若手を育てること
その影響はクラシック音楽の枠を超え、今やアメリカ社会をリードする存在となっています。2008年には、U.S.News誌とハーバード大学が選ぶ
アメリカのベスト・リーダー
の一人に選ばれました。
ティルソン・トーマスの教育活動って何やっているの?
ティルソン・トーマスの年間活動の約半分は、教育活動です。
MTTの経歴には、ニュー・ワールド・シンフォニーの芸術監督だと書いてありますが、これがその教育活動の場。ティルソン・トーマスが1987年にマイアミで創設したオーケストラのアカデミーです。
オーケストラのアカデミーって何?
ここには毎年アメリカ中の音楽院の卒業生が、1000人以上から30人という厳しいオーディションをくぐり抜けてやって来ます。アカデミーは全日制で一人3年間。ティルソン・トーマスをはじめ、世界のトップ・アーティストが年間70名もマイアミに教えに来るという特訓が待っています。
アカデミーの目的は、演奏技術や理論中心の音楽院の教育に対して、自分がどう音楽と関わるキャリアを選択するのか、社会における音楽家の役割を考えながら様々な選択肢を体験すること、実践的な舞台での演奏経験を通して人に演奏するとは何かを学ぶこと、アントレプレナーシップあふれる活動を展開するために必要なスキルを身につけることなど、プロの音楽家として実際に活動するための橋渡しをするもの。
すでに600名以上の卒業生を世界中のオーケストラにフルタイムの団員として送り出すことに成功しました。
21世紀のオーケストラ界のリーダーを育てる
具体的には、
- アカデミーは700席のホールを有していて、10月から5月のシーズン中、毎週約3回コンサートを開いています。コンサートは、フルオーケストラからソロまで多岐にわたり、フェロー(学生)自身がコンサートを企画し、レクチャーやトークをするチャンスもたくさん。
- また地域への活動も様々に展開。地元の公立学校に音楽教育を提供し、フェローがグループになって学校訪問する他、楽器を習っている子どもたちのメンターになって教えたり、地域のイベントでも大活躍。
- アカデミーの授業では、音楽だけではなく、プロの音楽家として生きていくために必要なこと、例えば、お金の知識や管理、マスメディアなどへの対応、どうやって活動資金を集めるか?本番で力を出すためのメンタル面なども指導されます。
最新テクノロジーと最先端の知を駆使
ニュー・ワールド・シンフォニーは、未来のクラシック音楽を探求するための実験場でもあります。
例えば、通常のインターネットの2倍高速な回線を使って、ニューヨークなど隔地の生徒がマスタークラスを受ける。ウィーンの研究機関の音楽学者が、ウィーンにいながらマイアミのシンポジウムに参加して、最新の研究成果を披露してもらうなど。映像作家がやって来て、クラシック音楽と映像のコンビネーションを試したりもしています。
また現代の作曲家が多く参画、創造の場としても機能。
新キャンパスはさらにパワーアップ
ニュー・ワールド・シンフォニーは、現在ロサンゼルスのウォルト・ディズニー・コンサートホールを手掛けたフランク・ゲーリー設計で、街の中心にある公園の中に新キャンパスを建設中。
そこでは360度のマルチスクリーンやウェブ・キャスト設備を備えたコンサートホール、公園に来た人が立ち寄れるガラス張りのラボラトリー、公園にプロジェクションでコンサートを放映する計画などが盛りだくさん。今後の展開が益々楽しみです。
アカデミーを運営するとは?
こうした活動の資金はどうやって賄われているのでしょう?
コンサートのチケットは、ティルソン・トーマス指揮などを除けば、多くが無料~20ドル。さらにフェローには音楽の勉強に専念できるよう、授業料がないだけではなく、住居や生活費等が提供されます。
これらの活動を継続させるために、ティルソン・トーマスは音楽の力を示すことはもちろんですが、社会に対してニュー・ワールド・シンフォニーの存在意義やこの活動によって実現するビジョンをあらゆる機会をとらえて語っています。
彼の強いコミットメントが求心力となり、専門スタッフや経営陣に支えられ、多くの個人や財団を始めとする支援者を得て、アカデミーは運営されているのです。
次は、ティルソン・トーマスの演奏活動のお話です。
サンフランシスコ交響楽団は何が違うの?
サンフランシスコ交響楽団って、あまり聞かないなと思う方も多いかもしれません。
サンフランシスコは、シリコンバレーもあるベイエリアと呼ばれる経済圏に位置し、世界中から起業家やクリエイティブな人たちが集まる場所。グーグルやアップルもこの地の会社です。
ティルソン・トーマスが1995年から音楽監督を務めるサンフランシスコ交響楽団は、こういう環境にあって、オーケストラの「イノベーター」として様々な新しい活動を展開、サンフランシスコの都市の価値を上げたと評されています。
知的好奇心を刺激するプログラム
ティルソン・トーマスとサンフランシスコ交響楽団の活動が紹介されるときに真っ先に指摘されるのが、コンサートのプログラム。
ティルソン・トーマスは毎回のコンサートのプログラムに何かしらの視点を設定。現代曲や知られていない作品も含め、多様な作品の組み合わせを工夫。コンサートを体験したお客さんが、演奏とMTTが話すヒントから音楽で何かを考えたり、インスピレーションを得られるような内容にしています。
そしてシーズンを通して様々なコンサート体験を積み重ねていくことによって、お客さんの知的好奇心やクリエイティビティが広がっていくように全体像が組まれているのです。
KEEPING SCOREって何?
KEEPING SCOREは、様々な年代やバックグラウンドの人たちにクラシック音楽の魅力を伝えようと2004年からサンフランシスコ交響楽団が展開しているプロジェクトです。
テレビ、ラジオ、DVD、ウェブサイト、教育プログラムとメディアミックスで展開。
彼らは“100年にわたり使ってもらえる品質”にこだわって、コンテンツ制作しているそう。
ティルソン・トーマスは構想、企画、台本書きから始まり、ドキュメンタリーでのホスト、ラジオのDJ、小学校の先生方への研修まで八面六臂に活躍しています。
テレビ・ドキュメンタリーの内容は、ベートーヴェンの英雄やストラヴィンスキーの春の祭典など、クラシック音楽の歴史を転換させた曲や作曲家に多角的に迫るもの。ヨーロッパ各国や中国でも放映され、世界で500万人以上が視聴しました。
教育プログラムは、国語・算数・理科・社会などの主要教科で音楽を使って授業をしようというユニークな取り組み。参加地域もカリフォルニア州以外に広がっています。
プロジェクトは、10月からのシーズンⅡ公開がもうすぐ。よりパワーアップしたコンテンツに期待が集まっています。
ティルソン・トーマスとマーラーのつながり
PMF2009でティルソン・トーマスは、マーラーの交響曲第5番を指揮します。
アメリカ人のMTTとマーラーは結びつかないと思う方もいるかもしれませんが、ティルソン・トーマスの祖父母はウクライナ出身で、ユダヤの歌と芝居の劇場をニューヨークで主宰していました。
したがって彼は子どもの頃からユダヤの音楽に身近にふれて育ち、また1998年に祖父母トマシェフスキーの音楽を現代に紹介するプロジェクトを立ち上げ、ユダヤ研究の専門家らと7年かけてユダヤの特に生活に根付いた音楽を掘り起こす作業を行いました。
マーラーは作曲にあたり、ユダヤの様々な音楽を素材として用いています。こうしたことから、MTTはマーラーのユダヤのセンスに非常に親和性がある人物と言えるのです。
ティルソン・トーマスがサンフランシスコ交響楽団と2001年から自主レーベルで取り組んできたマーラーの録音プロジェクトは、4つのグラミー賞獲得をはじめ、そのマーラー解釈、演奏の精度、鮮烈な録音に世界中のリスナーから大きな反響がありました。8月には交響曲の最後を飾る第8番<千人の交響曲>のリリースが予定されています。
YouTube Symphony Orchestra
ユーチューブ・シンフォニー・オーケストラは、ユーチューブのテクノロジーを使ってクラシック音楽の歴史に新たな1ページを刻もうというプロジェクト。
ユーチューブ上で誰でも応募できるオーケストラ・メンバーのオーディションには、世界70もの国や地域から3000以上の応募があり、最終的に30カ国から96名が選ばれ、今年4月にカーネギーホールでティルソン・トーマスの指揮でコンサートを行いました。
ここでのティルソン・トーマスのチャレンジとは?
ティルソン・トーマスは、このプロジェクトを世界の音楽院、ロンドン交響楽団、ベルリン・フィル、ニューヨーク・フィルなどのオーケストラ、多くのトップ・アーティストらのパワーを結集させて、成功に導きました。
コンサートは、「クラシック音楽とは何か?」を問うもの。様々な時代や場所で生まれた多様な作品18曲を映像も駆使して体験するというチャレンジングな内容でしたが、そうした多様性をインターネットを通して世界中の人々に知ってもらう大きな機会となりました。
またティルソン・トーマスは、オーケストラ・メンバーの練習用に制作したチュートリアル・ビデオをユーチューブに公開、ジョン・ケージ作品がどういう構造でできているかを皆が興味を持てるように話して見せるなど、クラシック音楽界が新しいテクノロジーを活用して可能性を広げるモデルケースも示しました。
PMF2009に関心のある皆さまにお願い
お読みくださった方、ありがとうございます。
今の日本は、既存の概念を打ち破ることにチャレンジしようという人がなかなか出にくい状況にあります。「今こそイノベーションが必要だ!」と言う人はたくさんいても、「自分がやる」という人は非常に少ない。
こうした中、常に新しい何かにチャレンジし、特に若者たちと未来に向けたプロジェクトをいくつも成功させてきたティルソン・トーマスは、日本にとってヒントや刺激を与える存在であると考えます。
またそういう活動実績を持つティルソン・トーマスが、PMF(パシフィック・ミュージック・フェスティバル)2009に参加しているということを知る人が一人でも増えることは、札幌市民の、北海道民の、そして日本国中のPMFへの認知や誇りを増すことにつながると信じます。
もちろん、これらの活動抜きに音楽だけ見てもMTTは余人をもって代えがたい。
皆さまのまわりの方々にも、ぜひご紹介ください。
このページのURL:
https://www.ushiog.com/go=ZoZWnb
関連サイト:
YouTube Symphony Orchestra 公式チャンネル
New World Symphony ウェブサイト
San Francisco Symphony ウェブサイト
Michael Tilson Thomas オフィシャル・ウェブサイト
U.S.News ベスト・リーダーの記事
(2009.7.4)
潮 博恵
Ushio, Hiroe
補足:
ティルソン・トーマスとサンフランシスコ交響楽団の活動は、
「超大国アメリカの文化力」
(フレデリック・マルテル著 岩波書店)
でも、一般的には“クラシック”な存在であるオーケストラが、“クール”な存在として地元の誇りになった事例として取り上げられております。そちらもぜひご参照ください。