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MTTの挑戦その1:コープランドとマーラー

ルツェルン音楽祭2010に出演したティルソン・トーマス&サンフランシスコ交響楽団。3公演ある内の初日のプログラムは、コープランドとマーラーという彼らにとって名刺がわりのようなもの(9/11)。

コープランドのオルガン交響曲

プログラム前半のコープランドのオルガン交響曲は、コープランドがパリに留学した終わりの時期(1924年)に、オルガニストでもあった師のブロージェが、ニューヨークとボストンに招かれた際に演奏するために書かれた最初の交響的な作品。

後の作品にも多く登場する、アメリカの原風景的なメロディーやミニマル・ミュージックにつながっていくようなリズムの連続が変化していくさま、打楽器による衝撃などが特徴的ですが、オルガンの響きとオーケストラの響きが似ているけれども違う、違うものが一体化して鳴る響きに面白みがありました。

オルガンのパウル・ヤーコブスは、これらのコントラストを巧みに表現していました。ティルソン・トーマスは、オルガンとオーケストラのバランスを見事にとっていたと思います。

昨日までのフィルハーモニア管と比べると、サンフランシスコ交響楽団はめまいがするほどアメリカン。1曲目から最大限に飛ばしている感じで、非常に重量級。これがメインのプログラムでも良かったくらいでした。

マーラーの交響曲第5番

プログラム後半は、マーラーの交響曲第5番。さて、どのようなマラ5なのかと興味津々でしたが、ある意味彼らのマーラーの一つの到達点であり、同時に考えさせられる演奏でした。

ティルソン・トーマスは昨年のPMFでもこの5番を取り上げましたが、PMF東京公演(テレビ放映された札幌公演ではない)での演奏はティルソン・トーマスの目指すところの3合目くらいであった(あれはあれで若者たちが素晴らしかったけれど完成度の点で)と感じさせ、またSFSMediaのCDの演奏よりも3割増しくらいいろいろやっていたという印象を受けました。

とにかく全ての音に意味づけをしているというくらいディテイルの表現がなされており、それを全パート同時に遂行しているのに破綻する危険を感じさせずまとまっている。ここまでの状態というのは、彼らのかつての5番の演奏でも達しえなかった段階なのではないでしょうか。

MTTは最初から最後まで最高水準のエネルギーが続いている感じでした。細かい指示はあまり出さず、数小節を一括りにしてその間はオーケストラに任せるとか、入りのエネルギーレベルだけ示すということをやっていました。

オーケストラは、トランペットのイノウエが絶好調だったのが全体を牽引していました。1楽章最後のフルートの3連符の真ん中のEの音が転んだとか、5楽章の最初でMTTがキューを出したのにホルンが出なくて(4楽章から続いていた)一瞬ヒヤっとした場面はありましたが、気づいたのはそれくらいで、ツアーの初日でこれだけできれば120%目標達成という演奏だったと思います。観客の反応も良かった。

ディテイルはきりがないくらいいろいろやっていたのですが、一つだけあげるとすると、4楽章で最初のメロディーに戻る前の部分、光がさして色が変わるような表現が彼らのマーラーを象徴していました。

構成の点では、5楽章が秀逸でした。CDの5楽章はもう一声何かほしい演奏でしたが、今回5楽章の最初から最後のフィナーレに至るまでの造形が素晴らしく、壁を乗り越えた感がありました。

あらゆるマラ5演奏を聴いてきた夫によると、知と情と意(意思だそう)のバランスがとれた超一流の演奏だったとの由。知と情のバランスに関しては、MTTも今年のタングルウッド・ミュージック・センターのオープニングで受講者に、知と情のバランスというのは全てのミュージシャン一人ひとり違うものであり、自分にとってのベストのバランスがどこにあるのかを探求してほしいと話していました。MTTにとってもマーラーでの知と情のバランスは、大きなテーマなのでしょう。

今回のマーラーは知の総量を減らすことなく、情も拮抗させた演奏だったと思います。今までヨーロッパ公演では、知に傾いているという批評が多かったこともあり、意識したのかもしれません。

あらゆる音に意味づけをし、情も拮抗させ、さらにトゥッティ部分を思い切り鳴らした結果出てきた5番は「こんな曲だったのか?」と思わせるもので、今まで見た景色とは違って見えました。

それはマーラー作品の中で最もポピュラーで最も頻繁に演奏されるマラ5のイメージとは離れたもので、7番の世界に近似している気がしました。

音の構築物、それも常識を逸脱した圧倒的な情報量の構築物の提示。

これはこれで問題提起な演奏だったと思います。

もう一度各楽章を冷静に聴いて検証したいところですが、消えてしまった。

(2010.9.12)