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米国型芸術支援の精神とスタイルがわかる本:ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクール
ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクール
市民が育む芸術イヴェント
吉原真里 著 アルテスパブリッシング 2010年
私がクライバーン・コンクールに興味を持ったのは、テレビ放送された辻井伸行さんのドキュメンタリーを見て、出場者がステイしたホスト・ファミリーの家にコンクールの旗が掲げられていたのが印象的だったのと、ホスト・ファミリーの姿に
アメリカらしい!
と感じたから。著者はハワイ大学でアメリカ文化史、アメリカ=アジア関係史等を研究する方。現在芸術文化をめぐる政策や経済構造の日米比較を研究しているとの由で、そうした視点を盛り込みつつコンクールを多面的にリポートしています。
私が面白いと思った点は、
クライバーン本人が主宰しているコンクールではなかった
私は、クライバーン・コンクールという名前から、クライバーン本人が中心となって運営しているものとばかり思っていましたが、コンクールを運営しているのは、クライバーン財団で、主な資金提供者とコンクール運営の中心人物が他にいました。
コンクールの報償
3人の入賞者の賞金が同額で(2万ドル、ファイナリストにも1万ドル)、同じように3年間の演奏活動のためのマネージメントがつき、世界各地での演奏機会が提供される。この入賞すれば、順位は実際はあまり関係なく、それぞれに機会が提供されるという仕組みと、演奏機会を重要視している点が素晴らしいと思いました。
コンクールの開催されない年が重要
コンクールが開催されるのは4年に1回なのですが、コンクールが開催されない年もクライバーン財団は、様々なコンサートのシリーズや教育プログラムを提供し、地元での存在を確たるものにしている。このイヴェントその場限りではない継続的な取り組みが重要なのだと思います。
周辺イヴェントの創意工夫
準本選や本選に残らなかった出場者を応援するためのパーティ、動物園で行われるテキサス・スタイルのパーティ、本選に進出できなかった出場者によるリサイタル「ピアノ・マラソン」、シンポジウムやフォーラム、またアマチュア・コンクールの存在など、多くの人々が参加する様々なイヴェントの工夫ぶりが楽しい。テキサスらしさにこだわっている点に感心するし、とてもホスピタリティにあふれています。
メディアの活用
辻井さんのドキュメンタリー映像を見て、何でこんなに映像が存在するのか?と疑問に思った方も多いと思いますが、クライバーン・コンクールは、先進的にメディアを使ってコンクールそのものと出場者を世界にアピールしています。
そこには功罪あるのですが、そうした点もまた非常にアメリカン。
「自分たちのもの」であるということ
本の中では、このコンクールがフォート・ワースの人々にとって地元の誇りであること、「自分たちのもの」であることが、1200名いるボランティアの活躍をはじめ、繰り返し紹介されています。
私はこの「自分たちのもの」意識というのは、アメリカ型芸術支援モデルを考えるときのキーワードだと思います。アメリカ型の民間中心の支援モデルには、もちろん良い面だけではなく、弊害が生じることもあるし、うまくいかないケースも多々存在しますが、それでもこの
「自分たちのもの」、自分たちこそが支えている
という意識は、行政が主導する支援モデルでは絶対に醸成されない。そしてこの意識こそが様々な創意工夫を生んでいるのだと思います。
インタビューが面白い
本の中で、私はインタビューをとりわけ興味深く読みました。
ハオチェン・チャン(辻井さんと同じく1位になったピアニスト。賢い。とにかく驚き)
ヨヘヴェド・カプリンスキー(審査員、ピアノ教育者。審査員の視点になるほどと思う)
リチャード・ダイヤー(審査員、音楽評論家。言っていることにバランス感覚がある)
この他、ジェームズ・コンロンのスピーチも真理を突いていると思いました。
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芸術支援についてだけではなく、若い芸術家にとってのコンクールの存在や音楽を聴く体験をシェアするということなど、いろんな考える素材を提供している本です。
(2010.10.14)