米国のフィランソロピーの潮流がわかる本「ブルー・セーター」
「ブルー・セーター」
引き裂かれた世界をつなぐ起業家たちの物語
ジャクリーン・ノヴォグラッツ(アキュメン・ファンドCEO) 著
英冶出版 2010年
グローバルな貧困問題に取り組む非営利団体〈アキュメン・ファンド〉の創設者が、そこに至るまでの道のりと取り組みを紹介した本。
アキュメン・ファンドは2001年の設立、集めた寄付金を無償援助に使うのではなく、世界で最も難しい問題に取り組もうとしている起業家に投資。従来の政府や慈善事業ではなしえなかった問題解決を新しい手法で図ろうとしている点にポイントがあります。これまでに医療、水、住まい、エネルギー等の分野において様々なアプローチで支援。投資の成果を経済的観点だけでなく社会的観点からも計測し、さらに学んだことを広く世界各地の人々と共有しようという、極めて21世紀的循環型の取り組みであります。
*タイトルの「ブルー・セーター」は、著者が中高生のときに気に入っていたブルーのセーターを中古屋に出したところ、後にルワンダでそれを着た少年に出会ったエピソードから、世界はつながっていることの象徴として使われている。
様々な視点で読める
この本は、読者の興味によっていろんな読み方ができる点が特徴です。
- どのようにして困難な社会的問題の解決を図るか、その方法・スキームを探求する道のりを辿る
- 貧困という困難な状況下においても力強く生きる人間の姿から人間の尊厳について考える
- ルワンダで現地の人々と共に事業を興した著者が、ルワンダ大虐殺で仲間が虐殺の加害者・被害者に分かれたパーソナルな体験談を通して、人間や集団行動について考える
- 著者の成長物語
私が面白いと思った点は、
- 様々な出来事が起きるのですが、それぞれについて著者が何を考え、そこから何を学んだかが書いてある点
- 20代でアフリカに飛び込んで行き、熱意と勢いで突っ走って成功とともに盛大に失敗した著者が、「もっと違うやり方があるはず」と一旦アメリカに戻り、そこからスタンフォード大学MBA、ロックフェラー財団と経て力をつけながら、問題解決のための「方法」を練ってゆく過程
- アキュメン・ファンドの目の付けどころと提供したメニュー
- 一貫して共感(他者の立場に立って考える)の姿勢に立っている点
米国のフィランソロピーの潮流がわかる
著者が辿った道のりは、米国のフィランソロピーの歩みでもあります。
- 多額の寄付をすることで人々から愛される寄付者から、「社会の変革」をめざすフィランソロピストへの変化(90年代)
- ロックフェラーなどの大規模な財団が中心の世界から、中小の財団が無数に存在し、それらをコーディネートしていく世界へ
- 問題を解決しようとしている分野で、現場の有望なリーダーをいかに見つけ、いかに支援して問題解決という成功へ導けるか、「人に投資する」発想
- 支援を受ける人々が自立できる仕組みをつくってまわす
- 投資のリターンが金銭ではなく「変化」
- 複数の財源、人的ネットワーク、技術、知恵を駆使した、組み合わせに妙がある経営手法
- 営利・非営利という二分法ではない、中間の道に活路を見出す
なお、本書では「アカウンタビリティ」がキーワードの一つです。全部「説明責任」と訳されているので、日本語を読むとピンときませんが、単に結果を説明することにとどまらず、結果に対する評価を受け、どう行動していくかまでを説明する責任があるということを意味します。
オーケストラの活動もこの流れの上にある
この本を読むと、サンフランシスコ交響楽団の活動も、社会のこうした動きの中に存在するということがわかる。
KEEPING SCOREなどは、フィランソロピストが音楽の力で社会を変えるために、(実際にはグラントだけれども)マイケル・ティルソン・トーマスという人に投資したプロジェクトだと考えることができると思います。
営利と非営利の中間という方向性や、専門スキルを組み合わせたレベルの高い経営を指向する点も、そうした流れの影響でしょう。
アメリカのオーケストラは、フィランソロピーのあり方が変わったことで、聴衆の高齢化に苦しむ演奏団体から、コミュニティで文化や教育を牽引する存在へと転換する糸口をつかんだのだと思います。これからどう展開していくのか、こうした大きな社会の変化のフレームの中で見ていく必要があるのではないでしょうか。
(2010.4.25)