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知的好奇心を刺激するプログラム

サンフランシスコ交響楽団の革新的な活動が語られるときに、まず最初にあげられるのがプログラムです。

ニューヨーク・タイムズも、毎回毎回よそのメジャーオーケストラと違う球を投げてくると書いていますし、私も何も知らずに初めて彼らのコンサートに行ったとき、「曲目の組み合わせが絶妙だ」というのが真っ先に出た感想でした。

ティルソン・トーマスは、間違っても「皇帝」と「運命」みたいなプログラムは組みません。

MTTの手口(?)を研究する

ティルソン・トーマスはプログラミングについていろいろ試みた結果だそうですが、何か意外な発見があるもの(コンテンポラリー1曲目)、それとは全く別の切り口から表現した作品(2曲目)、骨があって満足感が得られる作品(休憩後の作品)の3つで構成していることが多いです。そして毎回プログラムを流れるテーマが何かあって、通して聴いたときにインスピレーションがあるようなコンサートに仕立てています。

例えばよくやっていることは、同じ年代に違う場所で同じ時代の影響を受けた2人の作曲家が書いた曲を取り上げ、その違いを楽しむとか、同じテーマを全く別の書法で書いた作品を取り上げ、そのテーマをお客さんも一緒に考えてみるとか。古くからある素材を現代の作曲家がどう料理したか、古いものと新しいものを両方聴いてみる。また一人の作曲家の作品の変遷について、テーマを設けて追ってみるなどです。

選曲や聴かせる順番はもちろん、彼が作品について3分程度話したりするのですが、話す内容もインスピレーションがわいたりヒントになるよう工夫。

編成においても、十数人で演奏する曲など、視覚や聴覚でのバリエーションを出しています。

クラシック音楽体験の発展段階

もう一つティルソン・トーマスがやっていることは、クラシック音楽体験の発展ということです。

どういうことかというと、彼の経験したところによると、若い人たちは、現代ものなど、普段聴いているポップスなどに通じる音楽的刺激があるものには反応するが、伝統的なクラシック音楽は退屈だと思っている。

逆に昔からのクラシック音楽好きは、新しい曲を試そうとはあまりしない。

そこで、若い人も興味が持てる何か感性への刺激があるような曲とクラシック音楽の王道をゆく作品を組み合わせて、両方のタイプの聴衆に面白いと思われるコンサートにすることを、聴衆に新たな価値を提供する第一ステップと考えたそうです。

そしてこれをきっかけに興味を持ってくれた若い人たちに、クラシック音楽の古典も含めた普遍的な魅力を伝えることが、第二ステップだそうです。

現在、サンフランシスコ交響楽団は第二ステップにあります。

したがってプログラムを見ると、ティルソン・トーマスが音楽監督になった初めの頃のコンテンポラリー&アメリカン路線に比べて、ずいぶんとクラシック音楽のコアなレパートリーが並んでいるということをおわかりいただけるかと思います。

いよいよボトルネックに着手

若い人に古典も含めたクラシック音楽の普遍的な魅力を伝えるにあたり、ネックになったことは、若い人たちとの間に音楽の共通言語をシェアしていないという点だそうです。

ティルソン・トーマスによると、昔は教会で歌をうたうとか、キャンプに行って皆で歌うなどの機会を通じ、生活に根付いた音楽を皆が共有していた。そうしたことを通じて、音楽を聴いたときに楽しい、悲しい、暗いなどと和音や旋律から感じ取る力を自然と身につけていた。ところが今はこうしたベースがなくなってきているので、クラシック音楽の古典的作品を聴いてもピンとこない。ここがボトルネックだそうです。

彼らが今展開している教育プログラムKEEPING SCOREは、このボトルネックに着手したものといえるでしょう。

キーワードは「信頼」

ティルソン・トーマス&サンフランシスコ交響楽団から出てくるキーワードは、プログラムにおいても「信頼」。

ティルソン・トーマスのプログラミングに対してサンフランシスコのお客さんの信頼があることで、彼らは革新的なことができるのです。

ティルソン・トーマスは、アメリカ作品を毎回取り上げ、それを面白いと思わせることができたことで、お客さんの信頼を得られたと自己評価しているそうです。

プログラミングに関連した過去の記事

今シーズンの目玉“プロジェクト・サンフランシスコ”
夜明けから黄昏へ~シューベルトとベルクのフェスティバル~
In Context Festival 今年はアイヴズ
プログラミングだけでよその国の新聞記事になるオーケストラ
ニューヨーク・タイムズのMTT評
アメリカ国内ツアー2008
サンフランシスコ交響楽団が2008-2009シーズン・プログラムを発表

プログラミングのアイディア例

組み合わせの工夫

2007年のエディンバラ音楽祭では、コープランド(Fanfare for the Common Man)、ジーガー(Andante for Strings)、アダムス(Short Ride in a Fast Machine)のアメリカ作品3曲がプログラムの最初に並んでいたのですが、ティルソン・トーマスはこの3曲を間に拍手を入れずに続けて演奏。

3つともキャラクターが全然異なるのですが、それを逆手にあたかも3楽章だての連続した作品であるかのように聴かせていました。面白かったです。

ちなみに現代曲と対比させるためにバッハをやり、さすがにイマイチだと言われたりもしています。

他の機関とのコラボ例

こちらの記事で詳しくご紹介しています。
シューベルトとベルクのフェスティバル

ストラヴィンスキーのフェスティバル

テーマがあって、ティルソン・トーマスが話すヒントがあって、そして演奏がある。これら一連のプログラムを体験し終わったときに、一人ひとりの聴き手が「感じるもの、考えるもの」

サンフランシスコの人々のティルソン・トーマスへの支持は、その「感じるもの、考えるもの」を提供してくれることへの支持なのだと私は思います。

【テーマその1】 ストラヴィンスキーのロシア

Reynard
Les Noces
Finnegans Wake
(休憩)
Zvezdoliki
Rite of Spring

【テーマその2】 パリのストラヴィンスキー:新古典主義の時代

プレ・コンサート・リサイタル(ピアノソロ。開演1時間前に開催):
Serenade in A
Piano Sonata
Piano-Rag-Music

コンサート:
Symphony in C
Capriccio for Piano and Orchestra
The Soldier’s Tale

この記事の元ネタ

この記事は、以下を参考に書きました。

ティルソン・トーマスの本「Viva Voce」(イギリスの評論家 Edward Seckerson 氏との対談集、published by Faber & Faber、 アメリカでは1995年9月に出版)

Frank J. Oteri 氏とのこちらの対談

The MTT Files でティルソン・トーマスが語っていたこと

その他、ニューヨーク・タイムズの過去記事、サンフランシスコ・クロニカルの過去記事、サンフランシスコ交響楽団のプログラムノート等