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交響曲第1番<巨人>&リュッケルト歌曲集
ティルソン・トーマス&サンフランシスコ交響楽団の2009年のマーラー・フェスティバル。最初のプログラムは、リュッケルト歌曲集(SFS Mediaの録音)と交響曲第1番<巨人>。4回あるコンサートの後半2回(9月19、20日)に行きました。席は19日が1st Tier1列目、20日がオーケストラ・フロアU列。
ホールのホワイエに入ると、いきなりそこここに
今日は録音するので、演奏中は静かに
という立看板が。これは先制攻撃?
コンサート開始1時間前からのプレトーク、担当は Laura Stanfield Prichard 氏。マーラーの指揮者兼作曲家ならではのエピソードの紹介が中心。マーラーが民族的なヨーデルの表現を使った初期の歌曲Hans und Grethe や3楽章の主題に使われたフォークソングについて、最初にフォークソングを皆で歌い、次にそれを短調に変えて歌うと3楽章の主題になるというのを取り上げていました。
リュッケルト歌曲集
コンサート前半は、メゾ・ソプラノのスーザン・グラハムを迎えてのリュッケルト歌曲集。
19日はステージから距離がある席だったせいか、オーケストラの音量が歌に比べて大きすぎて、バランスが悪く、マーラーの世界が浮かび上がってこないように感じました。
20日はオーケストラ・フロアだったこともあり、子音までよく聴こえたし、バランスも改善されていて、うまく描けていたと思います。
特に「私はこの世に捨てられて」の3つ目の節の何もない空間のような表現が素晴らしかった。
交響曲第1番<巨人>
私はティルソン・トーマス&サンフランシスコ交響楽団コンビのマーラーの録音の中で、この1番の演奏がとりわけ好きで、ぜひ生で聴いてみたかったので楽しみにしていました。
19日は非常に実験的な演奏、20日はほぼCDの解釈どおりで、2つの違いが興味深かったです。
ティルソン・トーマスはどうやってもそこに帰ってくるという、解釈が出来上がっている曲が、例えば「冬の日の幻想」とか「春の祭典」など、40年間基本変わらない作品があるわけですが、「巨人」もそういう曲なのかなという気がしました。
19日は、いろいろな表現を試したり、奏者に大胆にまかせたり、全曲録音で作り上げた彼らのマーラーから、次のステップにどう踏み出して行けるか、成功体験に安住するのではなく、私たちはそれを超えて行くという決意表明みたいな演奏でした。
だから完成形ではないし、答えは見えない。
CDは相当に考え抜いた結果の表現だから、それを超えていくのは非常に難しい。今先鋭化している部分は限りなく先鋭化しているし、常にのるかそるか、過ぎたるは及ばざるが如しと紙一重のところに立っているから。
19日の作り上げたものを言わば壊す方向性(壊すというほどドラスティックではないけれど)と、20日のCDの解釈をベースにしながら、録音のときにはできなかったことが今はできるようになった、その表現に磨きをかけた部分でステップアップする方向性という、その2方向を見せた点が、今回の収穫だったのではないかと思います。
特に、3楽章中間部や4楽章のコーダの前の静かな部分の弦など、サンフランシスコ交響楽団はここまで進歩したのだと感無量。
印象に残ったのは、1楽章でティンパニが遠くで雷が鳴っているように表現していたところ。2楽章トリオのチェロがほわんとした感じに弾いていたところ。4楽章252小節目の最後のクレッシェンドで、セカンド・ヴァイオリンだけが後から一気に大きくなって最高音を効かせた瞬間にトウッティに入ったところ。対抗配置だからこその効果。この3つの表現は秀逸なアイディアだと思いました。
CDの表現の中で私が特に好きな部分では、1楽章の中間の和声が変わって霞が晴れるみたいなところ、19日は和音が変わる瞬間に咳した人がいて集中力が殺がれてしまったのですが、20日は本当に立ち昇る響きでした。再現部に入るアウフタクトも決まっていました。アクション見ても、ここは相当に意識してやっているよう。
3楽章の歌謡曲みたいな部分は、2日ともCDと同じ表現でしたが、あそこはあれ以上のアイディアはないと思います。演奏も成功。
4楽章は思い切りやっていて、コーダは今までサンフランシスコ交響楽団を聴いてきた中で、最大級のパワーだったように感じました。圧倒的なスケールで突き抜けてフィニッシュ。曲が終わったとき、歓声が「ヒュー」。マーラーでも「ヒュー」
MTTって、世界で一流だと一般に言われている指揮者でも歯が立たないくらいの実力があって、勉強も努力も誰よりもしていると思うけれど、どうしようもなくショウマン。
それを後3%セーブすることができたら、大巨匠として君臨できたかもしれないのにって、指揮台の後姿を見て思いましたが、彼はこうとしかできない。きっと業みたいなものでしょう。
ま、がんばって。応援しているから。
終演後、SFS Mediaを統括しているキーザー氏に挨拶に行ったら、レコーディングルームの中を見せてくれました。いつもはコーポレート・スポンサーが接待などに使っているレセプションルームがレコーディングルームになっていて、ゴージャスな空間に機材やらケーブルが山のようにありました。
レコーディング・プロデューサーのノイブロンナー氏にも紹介してもらいました。職人というよりアーティストっぽい雰囲気の冴えた感じの方で、私は前にこのサイトで“おっちゃん”と書いていましたが、撤回します。
これから録音の続きがあると言っていました。やはり演奏中に咳をするじいさんばあさんが絶えないから、気の済むまでやった方がいいと思う。歌曲は1曲が短いし、切り取った情景みたいな雰囲気が重要なため、咳の迷惑度が大きいから。
SFS Media といえば、プログラム冊子に彼らのマーラーの iTunes 無料ダウンロード券が入っていました。やはりアメリカはCDよりもダウンロードなのでしょう。
余談ですが、iPhone 持っている人がとても増えた印象です。前はブラックベリーが多かったのに。
(2009.9.21)