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マウリツィオ・ポリーニ・ピアノリサイタル

今日はオーケストラではなく、マウリツィオ・ポリーニのピアノリサイタルに行きました(会場:フィルハーモニー)。

5月14日に聴いたアバド指揮ベルリン・フィルでのモーツァルトのピアノ協奏曲第17番の私の感想は厳しいものでしたが、恐る恐る行ったソロ・コンサートはコンチェルトよりずっと良かったです。

理由を考えると、モーツァルトはシンプルな構成なため、何でもストレートに出てしまうこと。ポリーニは子どもが遊びに夢中になっているかのような傾向にあるところ、(共演者のいない)ソロだとその状態でも(お客さんとのコミュニケーションを除けば)問題ないことによるのだと思います。

コンサート前半はシューベルト

前半の曲目は、シューベルトのソナタ D960。

私が思うに、ポリーニのピアノは、悲しいんだけど何だか可笑しいみたいな表裏一体の揺れ動く機微がない。おそらく彼の関心はそういうことにはないのでしょう。だから1・2楽章よりも3・4楽章の方がずっと良かった。

もう一つ、これは今日弾いたどの曲にも共通するのだけれど、休符の後前のめりになる。ブレスしたらそういうフレージングにはならないのでは?と思うのですが、これは好きでやっているのかもしれません。

全体的に見てがんばっていたと思いますが、基本的にはモーツァルトを聴いて感じた印象と同じ。

後半はショパン

コンサートの後半は、ショパンの超有名曲が続きます。cis mollの前奏曲、舟歌、バラードの4番、子守歌、スケルツォの2番。

ショパンはシューベルトよりはるかに良かったです。装飾音符で隙間を埋めることができるから。指もまわっていました。

ポリーニの特徴であった、デモーニッシュなまでの切れ味は残念ながらなくなっていました。その代わりに何があるか、一生懸命探して聴きましたが、今日の私にはわからなかったです。

弾いた中では、前奏曲と子守歌が良かった。バラードは終わり近くの両手の和音が連続して変化するところの響きが甘かったです。スケルツォは、中間部の転調するところから、容易に弾き散らかしがちな曲ですが、散らかっていたと思います。

アンコールもショパンで、ノクターン(何番なのか?Des durで右手がFから始まる有名な曲)、革命のエチュード、バラード1番。ノリノリで弾いていました。

革命は椅子に座った瞬間、「あ、革命だ」と思ったら、本当に「チャーン」と鳴ったのでうれしかったです。演奏はやっぱりちょっとゆるめ。

ポリーニに厳しい感想になってしまいましたが、私はピアノが好きなのと彼への期待値が高いこと、それとやはり今実力のある若手がたくさん出てきていて、SF Symphonyなんかが毎週のようにそうした人たちと丁々発止の演奏をしているのを聴いているので、こうなってしまうのでした。

私の感想はこんなでも、会場のお客さんはペダルから足が離れる前に拍手を始めて大ブラボーのスタンディング・オベーション。カメラのフラッシュもすごい勢いで光っていましたから、ポリーニ人気は盤石。

(2011.5.17)