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ティルソン・トーマスの本「VIVA VOCE」
過去ティルソン・トーマスに関して出版された唯一の本
Michael Tilson Thomas
Viva Voce
Conversations with Edward Seckerson
(出版社は Faber and Faber limited 著作者はマイケル・ティルソン・トーマス)
を読みました。出版はイギリスで1994年、アメリカが1995年。現在は絶版なので、今までサンフランシスコの図書館で斜め読みだったのですが、ついに古本を入手。海外の中古本サイトというものを初めて利用したのですが、あっけないくらいに簡単で便利でした(私はBarnes & Nobleを利用)。
内容をご紹介します。
本のコンテンツ
第一部 指揮の実際(ロンドン響での音楽づくりの話)
第二部 始まり、ロシアの影響、ストラヴィンスキー、バーンスタイン(ライフ・ストーリー)
第三部 アメリカ音楽、フランス音楽、マーラー(音楽観とレパートリーの話)
第四部 レコーディングに関して、音楽の流行、作曲(現在と今後の展望)
と構成されています。
評論家のSeckerson氏の質問にティルソン・トーマスが答えるという形式なのですが、びっちり真面目に話しているので、よっぽどファンでもない限り最後まで読んでいられない。その変わり、MTTの音楽をよく知っている人にはツボな話が満載です。全体を通して伝わってくるのは何と言っても、
圧倒的な音楽バカ感
そして彼が驚くほど広範囲にわたって知見があり、ビジョナリーであること。ものすごい努力と自発性によって手にしたチャンスとラッキーで道を切り開いてきたこと。
基本的にライフ・ストーリーと音楽観が柱になっているのですが、アメリカ音楽の話が長かった。一人ひとりの作曲家に言及しているのですが、個々の作品を知らない作曲家もいたので、その部分はページがなかなか進まなかったです。
なお、トマシェフスキーの話は、ティルソン・トーマスもプロジェクトで掘り起こしてみるまではあまり知らなかったそうで、この本ではあっさり紹介される程度です。
印象に残っているのは
- 若い頃に何度か自分でも素晴らしい出来だと思う演奏があったが、それはいつも疲れているか病気の時であった話(要するにいつもは余計なことをたくさんしていたということらしい)
- ミニマル・ミュージックの話。人によってテンポ感というのは微妙に違うので、例えばスティーヴ・ライヒの曲など、同じパターンがずっと続く場合、最初はいいけれど十数分すると、必ずほんの少しだけ早い奏者などが出てくる。本番で音楽を止められないときに、その人にさりげなくそれを気づかせ、皆と同じ位置に引き戻すにはどうしたらよいか?(MTTには自分で考えたらしい小技がいろいろある)
ライヒに関しては、ニューヨークのソーホーで“わかってくれる”人たちに向けて活動していたライヒに、もっと多くの人々の前に「出て来い」と説得して引きずりだしてくるのですが、その一連のすったもんだがMTT史上最大(?)とも言えるドラマでした。
ジョン・ケージ、モートン・フェルトマンなどとのいきさつもそれぞれに見どころあり。
- 自分の音楽づくりにおいて次のステージは、レガートとエスプレッシーヴォの追求だと語っている部分(ただ今その通り追求中)
- ロサンゼルスで勉強していた頃の話。当時のロサンゼルスがいかに実験的でエキサイティングであったかということに驚きました。小柄で爬虫類みたいな風情の晩年のストラヴィンスキーのカッコイイこと!
- 世に出るきっかけとなった恩人は、意外にもヘンツェである話(22歳のマイケル青年、ロサンゼルスからバイロイトへ出かけ、ドイツオペラ界の徒弟的で職人的な世界に仰天するの巻)
- バーンスタインの話。リハーサルのエピソードなどたくさんありましたが、ティルソン・トーマスはバーンスタインが作曲したり、曲をリバイズするときに、二人でピアノを連弾しながらいろいろ試す時間が大好きだったそう。ところがバーンスタインは、自分のピアノ・パートの音が跳躍したりするとパニックになってうまく弾けないことが多く、弾けなさそうだと判断するや、MTTにワナをひっかけて間違えさせ、いつも彼のせいにしていたのだとか。そのことにMTTは文句をつけるのですが、それに対するバーンスタインのすっとぼけた受け答えとは?
- アイヴズの話。アイヴズは、スコアの読み方にパズルのような特有のルールがあるということを初めて知りました。私には読めなさそう。
- ハリウッド・ボウル(ロサンゼルス・フィルの夏の野外コンサート)で、マーラーの千人の第二部の冒頭をやっていたときに、上空にヘリコプターが入って来てしまった話(やはり第二部冒頭は鬼門?)。
- レコーディングに関する話。自分の録音で気に入っているもの。振り返ると、スタジオよりもライヴ録音の方にいい作品がある。もしライヴ・レコーディングで演奏そのままを録ることができたら、大きな可能性があると思うと語っていました。
同じ録音を何度も何度もそればっかり聴くのはやめろと言っていました(他の人の演奏はもちろん、同じ人のライヴを聴いても「違う!」としか思わなくなってしまうからだそう。そう、その通り!!)。
- 聴衆開拓の話。スター中心の右ならえ的内容のコンサートが氾濫する中で、本当に聴衆に支持される音楽コミュニティをつくるために考えているアイディア(これがサンフランシスコにつながっていく)
最大の読みどころ
読みどころはたくさんあるのですが、一番面白かったのは自身の作曲に関する話。バーンスタインやコープランドにせっせと曲を聴いてもらうのですが、ダメ出しされる。彼らの指摘が期せずして、
悪くないんだけれど、器用に書かれていて余計なものが混じっている
であったという点は注目だと思います。この作曲の話は本の最後にあるので、本が途中でつまらなくなった場合は読み落としに注意。
ティルソン・トーマスが自分の音楽の核心は何かを探っていく過程の話は読み応えがありました。
感動(?)のエピローグ
この本は、ロンドン響時代、サンフランシスコ交響楽団の音楽監督になることが発表された頃に作られたのですが、エピローグでは偶然中国で見てもらった占いの話が紹介されます。
その占い師は、MTTが4歳のときにすべり台から落ちて頭打った(いかにもダサそうである)ことを言い当てて驚かせた後でこう言います。
「あなたは既に何かで有名ですが、それはあなたが本当にしようとしていることではありません。50歳代になったときに、あなたが本当にしようとすることが始まるでしょう。」
ティルソン・トーマスの言葉が続けて、
私はいつもその占いを思い出し、いったい何だろうと思う。いずれにしても何かが起きようとしている。
そしてページをめくると、ゴールデンゲートブリッジの前で皮ジャン着て立っているMTTの写真が出てきて、本が締めくくられます。
現在から遡ってこのくだりを読むと、あまりの出来過ぎにファンの人は間違いなく泣けます(おめでたい)。
蛇足ですが、、、
なお、若かりし時代のMTT3大すねに傷ばなしである
- 生意気すぎてオーケストラから総スカンくらった話
- 麻薬所持でケネディ空港で逮捕され、仕事を干された話
- ロサンゼルス・フィルの経営陣と衝突し、音楽監督の指名でアンドレ・プレヴィンに敗れ失意のどん底だった話
はこの本では触れていません。今だったら、これらのことがあったから今があると話せるのでしょうが、当時はまだその心境ではなかったということなのかもしれません。
(2009.1.21)