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カメラ12台!Mahler: Origins and Legacies
ティルソン・トーマス&サンフランシスコ交響楽団の2009年のマーラー・フェスティバル。2プログラム目は、Origins and Legacies と題したマーラーをめぐる旅。早い話がKEEPING SCOREのドキュメンタリーの撮影です。
ホールの裏側には、映像会社の巨大トラックが2台横づけされていて、これだけで何やっているのだろう、ここは?ですが、ホールに足を踏み入れると、あるわあるわカメラが12台。
アームが可動するもの、レールの上を動くもの、上下に伸縮するもの、指揮者の足元から撮るもの、、、
コンサート開始1時間前からのプレトークは、Peter Grunberg 氏が担当。KEEPING SCOREのマーラー編は、今年7月に中欧でロケーション撮影を行ったのですが、彼は春に撮影場所をピックアップして、下見をする担当だったそう。手間かかっています。
内容は、半分がプロジェクトの概要の説明、半分が主に「さすらう若人の歌」関連の音楽の紹介。
Origins and Legacies
KEEPING SCOREのドキュメンタリーは3層からなっていて、まず音楽、2つ目が人間形成に与えた影響、3つ目が時代背景や他の分野との関係だそうです。
今回のOrigins and Legaciesでは、マーラーが育った環境の中で身近にあった音楽が彼の生涯にわたる作曲の素材になったことの紹介と、マーラーが好んで使った形式の発展の話が中心。4日あるコンサートのプログラムが毎日少しずつ違っていて、とりあえずいろいろ撮っておくというところでしょう。私は初日と2日目(9月23、24日)に行きました。
コンサート1曲目は、チェコの作曲家 Fucik のFlorentine March。この曲は1907年の作曲なので、マーラーの幼少時代に影響を与えたものではないのですが、ティルソン・トーマスは、その時代の空気を感じてと言っていました。
次が、Mahler-Berio の夏に小鳥はかわり(トーマス・ハンプソン)と交響曲第3番から3楽章の組み合わせ。交響曲の方は、いくつかのパートに分けて、マーラーが素材をどう使って組み合わせたかの話をしてその部分を聴かせ、最後に楽章を通して演奏しました。
演奏自体は、こだわった表現などはやらず、普通に素直でしたが、3番全曲を通して聴きたかったです。やっぱりティルソン・トーマスは3番うまいなあと思いました。
続いて、Donizetti-Mariani でドニゼッティ最後の未完のオペラ「ドン・セバスチャン」から葬送行進曲。マーラーが幼少時代を過ごした今はチェコになった街には軍人が多くいて、軍隊音楽が身近にあったのだけれども、その中でもっとも規模が大きかったのが葬送行進曲だったこと、葬送行進曲でさかんに演奏されたのが、ショパンとこの曲だったと話していました。
コンサート前半の最後は、トーマス・ハンプソンによる「さすらう若人の歌」(SFS Media の録音)。先週<巨人>を聴いたこともあり、すんなり聴けたという感じです。ハンプソンはいつものハンプソン。
コンサート後半
まずエピソードの紹介。マーラーの家は両親が不仲だったこと、いざこざが始まるとマーラーはいつも家から飛び出したのだが、表へ出るとポルカをやっている人たちがいるような環境だった。だから彼の中では悲惨な状況とポルカが結びついていたと話していました。そこでマーラー幼少時のお気に入りだった「ナップサック・ポルカ」を演奏。
そしてマーラーは3拍子の音楽を優雅にもグロテスクにも表現したということで、交響曲の1番から7番までのスケルツォ楽章の特徴的な部分を、1番から順に演奏。7番では音楽とノイズの境界まで行ったと展開させていました。
最後に、9番のロンド・ブルレスケについて、マーラーの人生の困難な時期に書かれており、アイロニーが詰まっていると紹介。7番のスケルツォと9番のロンドは、曲をいくつかのパートに分けて、話をした後に通しで演奏。ロンド・ブルレスケの最後はやはり決まっていました。
コンサート2日目、またアクシデント!
コンサート2日目は、トーマス・ハンプソンが体調不良で歌えず、急遽プログラム変更。やはり録音の日には何かが起きます。「さすらう若人の歌」の代わりに、葬送行進曲つながりで交響曲第1番の3楽章を演奏しました。
MTTは出てきたときはトークが快調で、今日は冴えているのかと思いきや、途中から
あれ?え?これで良かった?
状態に何度もなっていました。今回は撮影なので台本があるみたいで、つっかえると言い直したり、最初にもどってやり直したり。結婚式と言おうとして葬式と言っちゃって、すぐに気づいて言い直していましたが、これにはさすがに本人もウケてました。
ドキュメンタリーの完成品を見るとえらく淀みなくしゃべっていますが、今回なんか必死のMTTを見て、あれは何度もやり直しながら作ったものなのだろうなあと察した次第。
コンサート内容で1日目と違ったのは、ターンの表現を取り上げたこと。マーラーはターンを多用していたこと、その代表例を紹介した後、交響曲第9番では全楽章にターンが用いられているとして、1楽章から順に抜粋を演奏しました。
オーケストラvs. 観客のバトルは続く
サンフランシスコ交響楽団の録音の日に行くと、いつも「静かにしていろ」とうるさく言うオーケストラ側とそれでもお構いなく音を立てる客のバトルに遭遇します。
何でうるさく言っても、時計のアラームが鳴ったり、静寂が一番重要なところで咳をするのか?アメリカっていろんな人がいすぎて統制不能なのか?規範意識がない?これにはさすがに私もうんざりで、何でこうなのか考えてしまいます。Life without Lawyers という本で指摘していましたが、あまりにも法化社会で法や規則が生活のあらゆる場面で幅をきかせていることから、それらを基準とすることしかできず、逆に自分で状況を判断して適切な行動する能力が欠けてしまっているということなのでしょう。
MTTは音を立てる客に断固とした態度なため、両者一歩も譲らずみたいになる訳ですが、多くの人にクラシック音楽を聴いてほしい立場であることから、これだけクオリティにこだわった演奏をしていても、どんな客も我慢しなければならないというのも理不尽。
断固とした態度をとれる立場にあるのはMTTくらいしかいないのだから、言える人が言わない限り変わらないとも言えるし、一方でMTTがそんなだと雰囲気悪くなるのも事実だから、どっちもどっち。
ティルソン・トーマスがロビー活動して、演奏中の迷惑行為には罰金という法律でもつくらない限り解決しないかも。
今回ホールのサイドの席などに空席があって、先シーズンよりも若干空席があるように感じましたが、景気の影響なのか、はたまた録音の日のバトルのせいなのか、マーラーは何度もやっているので、サンフランシスコの人たちはもう聴いたからいいやなのかは不明。
マーラー編のドキュメンタリー
今回、Origins and Legacies と題したトークが入るコンサートでしたが、KEEPING SCOREのドキュメンタリーの素材を撮ったという印象が強く、コンサート自体の成果はまあしょうがないかという感じでした。
1回のコンサートでマーラーを探求することは無理なのだと思います。
マーラー編のドキュメンタリーは2時間(今までの作品は1時間だった)ものを作るそうで、組織をあげて気合入っている様子なため、そちらに期待したいと思います(演奏も2時間つけるそう)。
コンサートでは、ここに紹介した以外にもいろいろしゃべっていましたが、ティルソン・トーマス&サンフランシスコ交響楽団コンビのマーラーを聴いてきた人には、MTTのマーラーの話は、非常に興味深い内容であり面白いです。
テレビ放映とDVDのリリースは2011年の予定。楽しみ。
(2009.9.27)