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「クリエイティブ資本論」とサンフランシスコ交響楽団

リチャード・フロリダ著「クリエイティブ資本論 新たな経済階級(クリエイティブ・クラス)の台頭」 
井口典夫訳 ダイヤモンド社

この本には、今なぜサンフランシスコなのか?どこに着目すべきかについての答えが詰まっています。

ここで紹介されている考え方と、それがどうティルソン・トーマス&サンフランシスコ交響楽団につながるのかを考察してみましょう。

この本の主張は、

経済発展は、企業によってというよりも、寛容性が高く、多様性に富み、クリエイティビティに対して開かれた地域で起きているというものである。なぜなら、あらゆる種類のクリエイティブな人が、このような地域に住みたいと思っているからである。

というもの。そしてこのクリエイティブな人々(クリエイティブ・クラス)を引き寄せ、経済発展している地域の代表例として、サンフランシスコ・ベイエリアが登場します。

本の構成は、著者がこの説に至った経緯と内容の詳説、自説を補強する他の論者の論説の紹介、反対説に対する反論と自説の根拠となった統計の紹介などからなります。

クリエイティブ・クラス論は、まだ発展途上で、今のところ感覚的な部分もありますし、今後については、課題提起で終わっています。それでも、私はこの説は傾聴に値すると思いました。なぜなら、私がサンフランシスコで受ける感覚が、まさにこの本で書かれていることだからです。

サンフランシスコとサンフランシスコ交響楽団

私はかねてより、ティルソン・トーマス&サンフランシスコ交響楽団の音楽や活動は、サンフランシスコ・ベイエリアの気風と切り離せない関係だと主張してきました。

クリエイティビティに対して開かれているという環境が、彼らの音楽や活動を生み出し、他方で彼らの音楽や活動が都市の価値を押し上げて、クリエイティブな人たちを吸引する魅力の一部になっているのではないでしょうか。

この本によると、クリエイティブ・クラスを引き寄せるには、クラブなどの音楽シーンも含めたストリート文化が重要で、シンフォニーなどはこれとは違う高尚芸術にあたるが、都市のシンボリックな存在ではあるのだとか。

若い人一般には、堅くて古くてダサいイメージのオーケストラでさえ、MTTによって「クール、スマート、スタイリッシュ」な音楽を提供する存在になっていて、人々から支持されている。このこと自体が、まさにサンフランシスコがどれだけクリエイティブ・クラス吸引力を持った都市であるかということの奥深さを現していると思います。

クリエイティブ・クラスに響く音楽とは?

このクリエイティブ・クラス吸引力という点から、ティルソン・トーマス&サンフランシスコ交響楽団の音楽を考えたとき、真っ先に思い起こすことは、彼らのコンサートの組み立てです。

演奏はもちろん、プログラムからも何かインスピレーションを感じるような、そんなコンサートだからです。

ティルソン・トーマスは、コンサートに来たお客さんが、そこから何を持ち帰るか?ということをいつも意識していると語っていますし、アメリカン・コンテンポラリー・ミュージックにしても、それを取り上げているということだけではなく、どう観客に提供するのか、その提供の仕方を見て欲しいと言っています。

ティルソン・トーマス&サンフランシスコ交響楽団が注目すべきなのは、まさにこうした演奏やプログラムで、観客に新しい視点とか価値を提供しているという点。そしてそこがクリエイティブ・クラスが集まる都市で評価されているという事実だと思います。

このクラシック音楽で新しい価値を提供するという方向性は、世の中一般のオーケストラには見られない指向であり、この点にこそ、ティルソン・トーマス&サンフランシスコ交響楽団コンビの存在意義と貢献があるのだと思います。

彼らを見るときに、アンサンブルが異様なほど揃っているとか、うまいとか下手とか、そういうことは、いわばどうでもいい話なのです。

ここで見るべきところは、そこではないということを強調したいと思います。

寛容性と多様性

この二つは、クリエイティブ・クラスを吸引する都市が備えなければならない特質だそうですが、ティルソン・トーマス&サンフランシスコ交響楽団を考察するときのキーワードでもあります。

彼らは、教育プログラムにしても、西洋のクラシック音楽だけではなく、ジャズ、アフロ・キューバ、中国伝統音楽などをミックスしています。またKEEPING SCOREの教育プログラムでも、多様な思考を育むためにプログラミングされています。

寛容性については、いろいろなテーマやスタイルで書かれた音楽を提供し、それらが必ずしも耳障りのいい、常識の範囲内のものばかりではないという点に現れているのではないでしょうか。

MTTの嗅覚

ティルソン・トーマスがサンフランシスコを選んだことは、自分の長所短所をよくわかっているというか、天才的な嗅覚だと思います。

ティルソン・トーマスはロサンゼルス出身ですが、同じカリフォルニアでもロサンゼルスは、MTTのキャラクターが受けそうな雰囲気を感じません。都市にインテリジェントなものを好む空気が流れていないからです。サンフランシスコだからこそだと思います。

デブを見かけない

この本には、意外な発見もありました。サンフランシスコで感じていた、アメリカなのに肥満体の人をあまり見かけないという印象を裏付けるデータが掲載されていたのです。クリエイティブ・クラスは、体型の維持に労力を使うのだとか。

オーガニック全盛のサンフランシスコでは、ファーストフードのチェーン店なども、客層が明らかに違います。 人から知性がないと思われたくないという人は、サンフランシスコでは迂闊にファーストフード店に入らない方がいいかもしれません。

クリエイティブ精神

本の中ではクリエイティビティについて、マーガレット・ボーデンのCreative Mindが紹介されていました。

クリエイティビティには強い関心だけではなく自信も必要である。他人からの批判を気にせず、新奇な発想を追求したり間違いを犯すには自尊心が必要である。自己否定が必要な場合もあるかもしれないが、それだけでうまくいくわけではない。一般に受け入れられている規則を破る、あるいは解釈を広げるためには自信が必要である。懐疑的な態度や嘲笑に負けずにそれを続けるには、なおいっそうの自信が必要なのである。

私は常々、どこへ行ってもアメリカン&新しい解釈をさらりとぶちかましているMTTのメンタリティに感心し、自信がないとああはできないだろうと思っていたので、この一節は目を引きました。

日本がクリエイティブ・クラスを吸引するには?

この本の主張によると、クリエイティブな人的資本をどれだけ集められるかが、経済発展のカギを握っており、そうした人々を集めるためには寛容性・多様性を受け入れる土壌が必要だそうです。

日本は、島国かつほぼ単一民族に近い構成の国ですから、寛容性・多様性は、ハードルが高い。

それでも寛容性・多様性に向けて開いていかないと、今後の発展は難しいのか?それとも日本なりの成長の道があるのか?

クリエイティブな人的資本が決め手なのか? あるいはレアメタルや原油などの資源を持つ者が勝つのか?

クリエイティブな人々を吸引しているサンフランシスコ・ベイエリアにはパワーと魅力があり、そこから学べることは多いという点は、現時点で疑いがない事実だと思います。

(2008.3.18)