芸術と食の魅力を探求~スペイン:サン・セバスチャン・ビルバオ編~
10月21日
スペイン訪問、後半はバスク地方を訪ねる。まずは、高城剛の著書『人口18万の街がなぜ美食世界一になれたのか―― スペイン サン・セバスチャンの奇跡』を読んで以来、ぜひ一度行ってみたかったサン・セバスチャンへ。
マドリッドのチャマルティン駅から鉄道に乗る。
朝まだ暗い。乗車前には荷物のチェックがあった。5時間半の道のりで結構長い。
車窓からの景色は特に印象に残るものなし。
13:20サン・セバスチャン駅に到着。
サン・セバスチャンはフランス国境に近く、「ビスケー湾の真珠」と呼ばれる海沿いの風光明媚な街。19世紀にハプスブルク家の王妃マリア・クリスティーナがここを保養地としたことから、高級保養地として知られるようになった。市街の印象も、きれいで洗練されている。
ここでは“ペンション”(Pensión Iturriza)に宿泊した。旧市街のコンチャ海岸に近いビル(住居もオフィスも入っている)のワンフロアがペンションとして運営されている。6室あって、各部屋は独立しているけれどもシェアハウスみたいな雰囲気。ギタリストだというお兄さんが一人で管理している。したがって、宿に着く時間を前もって知らせ、待機していてもらわないと中に入れない。今はいろんな部屋貸しの形態があるのだなあと感心する。ブッキング・ドットコムで高評価だったので予約したのだが、インターネットのおかげで生まれた小ビジネスだろう。私たちの隣の部屋のお客もフィリピンから来たという夫婦だった。
フロントの壁には地図が貼ってあり、おすすめのバルや朝ごはんが食べられるお店(宿には食堂がない)の場所が示されている。紙ベースのおすすめバルの一覧表(場所とそこでのおすすめピンチョス情報)もあった。
サンタ・マリア教会を正面にお店が並んでおり趣がある。
市庁舎。2年くらい前に高城本を読んで、私はどういう訳か「普通の街が食で町おこしをして大きく成功した」とざっくり受け止めていたのだが、来てみたら大違い。仮にこの街に食の魅力がなかったとしても十分魅力的なロケーションと街並みなのだ。
バルめぐりに出発。宿のお兄さんが教えてくれた情報とインターネットの情報(ヨーロッパで修行中の日本人の料理人がブログに書いていた食べ歩きの記録)を参考に訪れた。火曜日だったので何割かのお店は休業日であった。1軒目はLa Vina。
いわしのマリネ。オリーブオイルがベースでパプリカの角切りがふりかけられている。素直な味。
バルなのにチーズケーキが名物。試してみたかったが、バルめぐりを始めたしょっぱなだったため涙をのんで見送った。
私はこれがとても気に入った。いわしのオムレツ。いわしは小さいのでやわらかく、臭みも全くない。いわしも卵もふわふわで優しい味なので(日本人の発想からすると)意外なことによく合う。
2軒目Goiz Agri。食材の組み合わせの妙、スペイン唐辛子と生ハム。唐辛子は辛くなくて甘いのだが、それと生ハムの塩気、両方ともにゅらーっとしている食感がベストマッチであった。
えびの串焼き(ガンボ)。プチプチしたソースがかかっている。
焼く前の姿。みんながオーダーする品なのだが、確かにおいしかった。
3軒目Gambara。日本人客がいっぱい。海外を旅していて日本人の旅行者に遭遇することはめっきり少なくなった。アジア人はたいてい中国人、さもなければ韓国のオモニ軍団である。そんな中、局地的に「日本人に人気」の場所があって、びっくりするくらい日本人旅行者の比率が高かったりするのだが(例えば、バイロイト)、サン・セバスチャンもその一つであった。高城本の影響なのだろうか。
私たちが出会ったのは、サンティアゴ・デ・コンポステーラを目指す途中に寄ったツアーの方。フリータイム2時間の中でバルめぐりをしているそうで、時間が限られているため真剣さの度合いが違った。
ゆでたらこにオリーブオイルをかけ、酢玉ねぎと一緒に食べる。私は大のたらこ好きなので大変おいしくいただいた。
タルトの中にカニが入ったグラタン。カニはたっぷり入っていた。この店ではこれが有名らしい。
秋の味覚、きのこも各種並んでいた。
どんな味か試してみたかったので、きのこのソテーをオーダーした。ピンチョスは一つがだいたい2~3ユーロだが、このきのこは20ユーロ。一皿になると値段が大きく違う。味はシンプルで、卵のまろみが加わったきのこの味がじわっとくる。
4軒目はBorda Berri。バケットにのったピンチョスではなく、一品料理を出すバル。
牛ほほ肉の煮込み、トマトソースがかかっていて、ジェノベーゼソースがアクセント。お店の形態はバルなのだが、中身は料理屋。ほろほろでおいしかった。
バスク地方でよく飲まれている微発泡性のワイン、チャコリ。辛口で酸味が強い。オーダーするお客さん多し。高い位置から注ぐのが特徴である。
5軒目Gandarias。マッシュルームと生ハムのピンチョス。マッシュルームの味がしっかりあるところがポイントで、白いのはにんにく風味のソース。食材の組み合わせのセンスがよく美味。
6軒目Atari。シンプルに好物のアンチョビ。ワインが進む味。
ハムのクロケット。中はホワイトソース、注文を受けてから揚げてくれる。
バルめぐりは楽しいが、立ち飲みなのでわさわさして、食べたのか食べないのか、おなかいっぱいなのか、まだ行けるのか、という感じであった。
10月22日
朝ごはん。スペイン式をまだ試していなかったチュロスとホットチョコレートの組み合わせにトライ。チュロスをホットチョコレートに浸して食べる。甘くて楽しい。
コンスティトゥシオン広場を囲むように建っているビルの各窓には番号が振ってある。昔闘牛場として使われていたことの名残だそう。
コンチャ海岸は海沿いに遊歩道が整備されている。ウォーキングやジョギングをしている人が多数いた。
ビーチではない側は結構波が荒い。
ここでもパフォーミング・アーツの公演を体験したかったが日程が合わず。
旧市街のラ・ブレチャ市場。豊富な品揃えで新鮮!
市場を見れば、この街の食のレベルがどれだけ高いか、そしてそういう質の高い食材を買うお客さんが住んでいる街だということがわかる。
お昼はミシュランの3つ星、英レストラン・マガジンによる世界のベスト・レストランのランキングでも上位の「アルサック」へ。サン・セバスチャンには3つ星レストランが3軒あり、どれに行こうか迷ったが、街の中心から行きやすいアルサックにした。
ウェブサイトで予約したのだが、宿泊するホテルやクレジットカード番号の入力を求められた。いわゆるノーショウ対策だろうが、ここまで厳しくやらないと防げないのだろうか。
お店は高級な住宅地にあるが、敷地の道路ぎりぎりまで建物が建っていたのが意外だった。バスク地方の伝統料理を守る一方で、1970年代後半にヌエバ・コシーナ・バスカ(新バスク料理)を提唱し、この地方の料理文化を牽引してきたフアン・マリ・アルサック氏の祖父母の時代からこの場所で商売してきた店。現在は娘のエレナさんが中心となって経営している。レストランのインテリアはモダンだが、斬新ではなくシンプル。ところどころにお店の歴史が感じられる。
量が多いとつらいので、テイスティング・メニューと同じ内容をハーフ・ポーションのアラカルトで夫と私別々に組んでもらい、いろんな種類の料理を食べられるようにした。
最初に前菜が5種、カヴァを合わせた。その中の一つ、くしゃっとなった缶の上には、トニックウォーターに浸したチョリソ。ラビオリ風というか餃子風で面白い。
濃厚に煮詰めたりんごとビーツの千切りが合わさったフォアグラ。外側のパリパリした皮はじゃがいも、黒い粉はトリュフ。
プレゼンテーションが楽しかったのはこれ。タブレットの上にお皿を重ね、映像が料理の一部になる。ようやく火が通ったくらいのロブスター、クレープと揚げたバジルのぱりぱりの食感との対比を楽しむ。
ぜひともトライしてみたかったあんこうの一皿。日本だと、あんこうは鍋しか思いつかないので。ちょっと酸味のあるソース。
マグロの火の通し具合が素晴らしい。合わせてあるのはルバーブ。
各料理は地元の食材、地元の料理がベースにあることが伝わってくる。一つひとつしっかりしており、ピンセット料理ではなかった(素材が何か見ても食べてもわからないくらい創作されていて、ピンセットで盛り付けるような精巧な料理を私はこう呼んでいる)。
アルサックの料理は一品ごとに、遊びがどこかにあること、一皿の中で素材や食感、ハーモニーに意外な驚きがあることが特徴である。サービスがフレンドリーで固苦しくないのも良さだろう。
デザートのサプライズはブラックレモン。本物とともに供された。見た目がそっくりで皮はホワイトチョコレート、中は酸っぱいレモンクリームだった。
エレナさんは各テーブルを回ってお客さんとコミュニケーションしていた。最初に一緒に写真をとお願いしたら、「まだ出さなければならない料理が残っているから、後でまた来るわ」と言っていた。本当に自分で手をかけているんだ!
料理はアラカルトでオーダーしたのだが、最後に今日食べたもの、飲んだものをリストにして渡してくれて感激した。
アルサックはスペインらしいカジュアルさがプラスに働いている素晴らしいレストランだと思った。
夕方からモンテ・ウルグルの丘を散策した。海岸線が美しい。
リオデジャネイロほど巨大ではないが、丘の頂上には街を向いてキリスト像が立っている。丘からは街にあかりが次第に灯っていく様がきれいだった(が、街に戻ろうと降りて行ったら既に街と丘の間にあるゲートが閉まっており、閉じ込められてしまった。ゲートの外にある家のお姉さんに鍵を開けてもらった)。
夜は昨日に続いてバルめぐり。まずは、昨日近くまで行きながらたどり着けなかったグロス地区のバルBergaraへ。
いわしのオムレツ。私は気に入るとそればかりを繰り返す傾向がある。
カニのカクテル、右側は見た目で選んだのだが、何が入っているのか言い当てられなかった。このお店は最初にピンチョスを始めたお店として有名。どれも着実においしくて繁盛していた。
食べ終わってお店を出るときに、壁に各ピンチョスの説明が貼ってあるのを見つけた。これを先に見てから注文すれば良かった。。。。
旧市街に戻る。生ハムの有名店Bar la Cepa。青カビチーズと生ハムはよく合った。右はパプリカの中にクリームコロッケの具を詰めて焼いたもの。驚いたのはAMEZTOIというビールとピンチョスの相性がとても良かったこと。
ずらっと並ぶ生ハムは迫力がある。汁受けは食べ頃のタイミングを見ているのだろうか?(訊けばよかった)
ピンチョス・コンクールで1位になったこともある創作ピンチョスのバルA Fuego Negro。驚きのチャングロ。何とカニクリームがアイスクリームになっている。その下にはカニ身、一番下にはアボカドが入っている。おいしい。
こちらはイカ墨のリゾット。墨の一部がアイスクリームになっていて、食べているとだんだん溶けてゆく。工夫があって楽しい。
こうしてバルめぐりは楽しく過ぎた。行ってみてわかったのは、食材や料理法に関するスペイン語の知識を持って行った方がより楽しめるということ。お店の表示は基本的にスペイン語。メニューのあるお店もあるが、ないお店や黒板に手書きのお店もある。冷たいピンチョスは指さしで注文できるが、温かいものは見本がないので難しい。
サン・セバスチャンは容易に真似できる町おこしの事例ではなかった。もともとあったバスクの歴史的・文化的な土壌、比較的富裕な人々が多く住んでいること、フランス国境に近く、文化の交差する場所であること、スペインはフランスより物価が安いこともあって、国境を越えてフランス人がたくさんやって来るというEU内の移動の容易さなどの要因が複合的に絡んでいる。バルやピンチョスだけ見ても、そのベースには何十年にもわたるフアン・マリ・アルサックをはじめとする料理人たちの活動がある。頂点も高く裾野も広い。だからこそ食の街として花開いたのだろう。
ここではたくさんのガストロノミー系のツアーが催行されているし、街中のあちこちでバルのマップやピンチョスの本も見かける。食べることが大好きな人にとってはどこまでも興味が尽きない街である。
10月23日
朝10時、サン・セバスチャンからバスでビルバオに移動する。
車窓からの眺めはありふれた高速道路の景色だった。予定どおり70分でビルバオに到着。
港湾都市のビルバオはかつて鉄鋼・造船の街として栄えたが、20世紀末には重工業の衰退とともに深刻な不況に陥っていた。その打開策としてアートによる都市再生プロジェクトが打ち出された。ビルバオは現在、アートによる街づくりの成功事例として知られる。
古いワイン貯蔵庫を文化とスポーツの複合施設として再生させたアルオンディガ・ビルバオ。アートを軸にしたコミュニティ・スペースになっている。インテリアがモダンなので外観との対比が妙。
インターネットでビルバオのピンチョスはサン・セバスチャンよりもレベルが高いという書き込みを見たので、早速バルへ出かけた。
どのガイドブックにも載っている有名店El Globo。左は何だかわからなかったが見た目で選んだ。カニのペーストか?右はいかのグリル、玉ねぎ、ゲソのフリットがのっている。
いわしの酢漬け。どれもおいしかった。価格がサン・セバスチャンより安い。
モユア広場。8本の道路が放射状に広がる。
古い町並みの中にアートな建物がそこかしこに現れる。
ピンチョス・コンクールで入賞歴があるバルMarkina。きのこづくし。組み合わせに工夫があって楽しめた。
カウンター上のくずかごがユニーク。
スペインでは、信号待ちのときに大道芸をする人が現れる。チップをくれる人は意外にいる。道や地下鉄の構内などで演奏する人にお金を置いていく人も結構見た。何かお互い様というか、相互扶助的な心根を持って暮らしているように感じた。
街のシンボル、グッゲンハイム美術館。写真がないのが残念だが、両側に古い街並みが続く通りの先に美術館のメタリックがのぞくようなロケーションで建っている。
「最高の芸術品があるだけでなく、美術館そのものが最高の芸術であること」を目指して造られた。
美術館の前にそびえるジェフ・クーンズの作品「パピー」も名物。
造船所の跡地に建てられて1997年にオープンした。この美術館ができたことがきっかけとなり、ビルバオを訪れる観光客数は20倍以上に増えたというから驚異的である。
同じくフランク・ゲーリーの設計によるマイアミのニュー・ワールド・センターがオープンしたとき、内装がグッゲンハイムに似ていると指摘してくださった方がいたが、白い曲線の造形が共通している。
カラフルなコーナー・スペースもあった。
リチャード・セラ展が開催中で、大規模な彫刻の展示をいくつも体験できた。巨大な壁の造形が何重にも続いていて、この先に何があるのかわからないで歩く作品など、いろんなパターンがあって面白い。制作過程やインタビューなどのビデオも充実。
もう一つ開催されていたのは、「The Art of Our Time」と題された展示。ビルバオのグッゲンハイムの開館以来の集大成とも言えるもので、世界各地のグッゲンハイムが所蔵する作品と合わせて20世紀の美術を振り返ろうという試み。20世紀の重要な作品が「これでもか!!」と集められていて豪華。ここでそういう展示に会うとは思っていなかったので感激した。
いわば、100年経ってふるいにかけられて残った作品ばかりが整理・分類されて並んでいるわけだが、私が感じたことは、21世紀に入って10年以上が経ち、20世紀のアートというものが、その渦中にいたときとは違う見え方になってきているということだ。歴史に残るものがかなり明確になってきたし、いろんな人がいろんなことをやって混沌としているように見えたものが、流れや体系として整理できるようになってきた。グッゲンハイムはそれをきちんと見せていて素晴らしい。これが時を経るということなのだと思う。
これらの美術品は収集した時点ではどれも評価が定まってはいなかった。そういう条件下で20世紀に買い集めた作品、買い集めた活動が今価値の塊になっている。その意味するところは非常に重要だし、彼らの先見性に(価値あるものにしたという点も含めて)敬服する。
美術館の外にもパブリックアートがたくさんある。
アートにこだわって街を造りこんで行ったエネルギーを体感できる。
橋も重要なシンボル。スビズリ橋。
ネルビオン川の向こうは旧市街。
焼き栗の屋台が出る季節。
時間が早くて開いているお店がなかなか見つからず、飛び込みで入ったレストラン。バスク地方の伝統料理であるタラのピルピル。オリーブオイルのマヨネーズみたいなソース。ぼやけた味だった。
夜はビルバオ交響楽団のコンサートへ。
会場はエウスカルドゥナ国際会議場のコンサートホール。会議場の施設なので多目的な造り。演奏は残念ながら「アマオケ?」という感じであった。
終演後、10時頃街を歩いていて目が釘付けになったのは、バルのにぎわい。通りの両側にバルが並んでおり、人々でごった返しているのである。サン・セバスチャンのバルは観光客が多かったが、こちらは地元の人、ビジネスマンが多い印象。食べないでお酒だけの人も多い。ものすごいバル文化である。
という訳で、私たちもバルへ。昼間も行ったEl Globo。ベーシックなじゃがいものオムレツ。
いかすみのペーストがのっている。
スペイン訪問を総括すると、芸術とおいしい食べ物にあふれていたということに尽きる。ちょうどエボラ出血熱の感染者がスペインで出たと問題になっていた時期だったので、テレビでは大きく騒がれていたが、旅行者として街を歩く範囲ではそうした影響はなく、日本で思われているような危ない雰囲気もなかった。スペインの人々はそれぞれに人生を楽しんでいるように見え、その力強く生きる姿が印象的だった。
スペインはまた来たいと思わせる、はまる要素が多々ある国である!
(2014.10.21~10.24)
続いて、ポルトガル編へ