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マーラー交響曲第1番<巨人>

このディスクの特徴

私はこのディスクの特徴は、鮮烈さとドライブ感だと思っています。

「MTTのマーラーは録音がすごい」と俗に言われていますが、「SACDでDSD録音だから音が良い」ということだったら、他にいくらでもあります。

そういう表面的なことではなく、ディスクの情報によって再現されて出てくる彼らの表現とか作り上げたものの鮮烈さとエネルギーが、並はずれているのです。

これを再現してしまう技術が、皆の言う「MTTのマーラーは録音がすごい」の意味だと私は思っています。

ユダヤのセンス

ティルソン・トーマスをよく知らない方の中には、彼とマーラーが結びつかないという方もいるかもしれません。

ティルソン・トーマスの家は、ウクライナ出身の祖父母がニューヨークでユダヤの歌と芝居の一座(トマシェフスキー・シアター)を主宰していました。MTTは、子どもの頃に家によく来ていたえらい飛んでるグランマとその仲間の劇場関係者を通してユダヤの音楽に触れていたのですが、当時の劇場の音楽と活動を現代に紹介するプロジェクトを1998年に旗揚げ。その過程でユダヤ研究の専門家とともに、ユダヤの音楽、特に生活に根付いていた音楽を徹底的に掘り起こすという作業を行っています。

したがって、非常にマーラーのセンスに近いところに位置する人物と言えるのです。

皆さんに聴いていただきたいところ

私がこれを聴くだけでも価値があると思うところは、3楽章の39小節目からの歌謡曲みたいな部分の表現です。

テンポの微妙な揺らし加減とメロディーがふわっと浮いて、最後に他の音に溶けて消えるみたいな表現が絶妙なのです。

他の演奏をいろいろ聴いてみましたが、こういう捉え方をしているものはありませんでした。

ティルソン・トーマスのマーラー全般に言えることですが、中間楽章の完成度が非常に高い。世の中、1楽章と終楽章に大方のエネルギーを費やしている演奏がほとんどですから、一種のブルーオーシャンみたいなものです。

ティルソン・トーマスらしさ

ティルソン・トーマスは、ハーバード・ビジネス・レビューのリーダーシップに関するインタビューで、指揮者に一番重要なことは客観性だと答えているくらいなので、この終楽章のコーダでも一気に突っ走るということにはなりません。

テンポだけ比較したら、他の多くの演奏よりむしろ遅いのではないでしょうか。

でも彼には、特有のドライブ感が音楽にあり、それがティルソン・トーマスらしさなのかなと思います。この曲の最後も、情に突き動かされてテンポを速めることで若々しさを表現するよりも、ドライブ感をベースにしながら、ホルンの音色のフレッシュさ、fpの表現、トライアングルの輝かしさなどが際立つことで、非常にフレッシュに若々しく終わります。

その他の聴きどころ

  • 私は<巨人>の1楽章は、207小節目の和声が変わるところでどれだけ見える世界を変えられるかの勝負だと思いますが(ブルーノ・ワルターが素晴らしい)、MTTも霞が晴れるかのようにやっています。
  • 1楽章357小節目。再現部に入る前のアウフタクトの8分休符の間の取り方(この休符の間合いをやっているのは、私が聴いた中ではテンシュテットとMTTだけでした)。ここに至るまでの音楽の線の描き方と合わせてとりわけ印象深い。
  • 3楽章葬送行進曲のベースのリズムが首尾一貫しているところ。
  • 4楽章冒頭、12、14、15小節目のリズム、124小節目3連符。これがMTTなのだと思います。

MTTの「stop」

この曲で忘れてはならないのは、MTTの「stop」です。

ティルソン・トーマスは音のエネルギーがはじける場面で、そこに入る前に一瞬間をあけるということをよくやっています。

これはMTTがジェームズ・ブラウンの音楽を聴いたときに、空白(何も音がない瞬間)の間がポイントだと感じて研究したところから始まっているらしい(The MTT Filesで自分の演奏とジェームズ・ブラウンの曲を聴き比べさせていました)。

そしてこの空白は、MTT語(?)では「stop」と呼ばれているらしい(KEEPING SCOREでシミュレートしていました)。

この<巨人>の4楽章でも、375小節の前の Luftpause の思いきった「stop!」と直後のエネルギーの放出がすごくて、ここを聴く毎にMTTの「stop!」やっている姿が、容易に想像ついておかしいです。

(2008年10月記載)

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